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あき

Author:あき
現在、ホルモン療法中のトリポジ乳がんの私。
今度は父が膵癌に…。入院2ヶ月で、あっという間に他界してしまいました。
毎日を過ごしていけることに感謝して…

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ありがとう

12月19日(金)
父の告別式が行われました。


ものすごーい大雪に見舞われた17~18日。
高速道路が通行止めになったり、
ノロノロ運転で渋滞したり、
遠方から来てくださった方々は
本当に大変だったことと思います。

それでも、告別式当日は雪も落ち着いて、
無事、父を見送ることができました。


すい臓がんだと分かった時には、
すでに肝臓にも転移していて、
余命半年を宣告されました。
でも、残された時間は、まだあると思ってた。
入院して、ちょうど2ヶ月。
結局、何もしてあげれなかった…

病院へ行ったら、今でもICUにいるんじゃないか?
それともHCU?
個室に移動したんだっけ?
と、病院のどこかに父がいるような気がしてなりません。


父が亡くなったのは12月16日。
2年前の12月16日に私は、
右胸にしこりがあることに気づきました。
私のしこり発見日と父の命日が同じ日。
「大丈夫、しこりはもうないよ。
全部持っていくから安心して。」
と、父が言ってくれてるような気がします。

心にポッカリ穴が開いたようです…

誰もが避けては通れないこと…
それはわかっているつもりだけど…

寂しくて、悲しくて、悔しくて、辛いけど、
母のことを思うと、私がメソメソしている場合じゃないナ。
まだまだやらなきゃいけないことはあるしね。

いつかこの気持ちも癒える時が来るのでしょうね…



お父さん、私たちの事を見守っていてください。

お父さん、ありがとう。








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ご報告

2014年12月16日(火)
父が永眠しました。


朝になったら、夢だった。
なんてことはある訳もなく、
これが現実…

覚悟をしていたつもりだったけど、
結構、キツいものですね…

しっかりしなきゃ。
父が安心して逝かれるように…
母を支えていけるように…



願い

人工呼吸器を外してから、3日が過ぎました。
呼吸は穏やかそぉです。
麻酔もだんだん薄れてきたのかどぉか、
目を開けている時間が長くなりました。
声のする方に目が向きます。
首も動かせるようになりました。
自分の意志があるのか?…と、言うと
よくわかりません。

声をかけても、返事が返ってくることはありません。
それでも、私たち家族から見たら、
話せるようになるんじゃないか?
このまま良くなって行くんじゃないか?
と、期待してしまいます…


人工呼吸器を外した後、
家族だけで、静かな所で、最期を迎えたい。
父に感謝の気持ちを込めて、最期くらい…と、
個室に移ったものの、
容態は変わりません。
もちろん、良いことなのですが、
このままでは差額ベッド代だけで破産してしまう( ; ゜Д゜)
ごめんね、お父さん。
一般病棟に移ります。

庶民にはお金の問題は切実なのです…

この2ヶ月の入院生活で、
一般病棟→ICU→HCU→個室→一般病棟
と、めまぐるしく病室を移動してきました。

何度ももうダメかも…と思って覚悟を決め、
父が安心して帰ってこれるようにと
大急ぎで家の中を片付けました。

元々私たち家族は、アパートで四人暮らしをしていたのですが、
私が病気になってからずっと、私の実家にお世話になっています。
いつの間にか増えた私たち家族の荷物がたくさんあって、
とりあえず、あれもこれも段ボールやら収納ケースに詰め込みました。
部屋がキレイになったのは良かったけど、
アレ?どこにやったっけ?と、
どこに何があるのか分からなくなっちゃった( ̄▽ ̄;)

父の意識が戻ったら、今のこの状況を見て、
「バカだなぁ」と笑ってくれると思います。

またみんなで笑える日がきますように…







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生命力

不安定な危険な状態を維持しながら、
父は今現在もがんばっています。


12月10日(水)
父は、ICUからHCUへ移動になりました。
ICUへ入ってくる患者さんが増えた事と
ICUよりHCUの方が面会の制限が厳しくないから、
と言う理由らしいのですが、
そんなものなのでしょうか?

父は、治療を止めた今が一番穏やかに見えます。
薬のせいでほとんど眠っている状態で、
意識がある時間があるのかな?
会いに行ったときはいつも眠っています。
反応がない父に話しかける母。
どんな気持ちでいるのだろう…
そこに姿があるだけで十分なのでしょうか?

ICUにいた時は自分の物は持ち込み禁止だったので、
普通病棟からICUに移る時に、入院道具は全て持ち帰りました。
でもHCUは、タオルは自分の物を使うので、
どのバスタオルがいいかなぁ?
これは大きいけど薄いし…
こっちにしようかな。
なんてタオル1枚選ぶのにアレコレ思案している母です。
そんな姿が微笑ましくもあり、切なくもあります…


12月12日(金)
人工呼吸器の管を抜くことになりました。

元々人工呼吸器をつけることになったのは、
輸血によるアレルギー反応が出たからで、
本人の呼吸が機能しなくなった訳ではない。
と言うことと、
人工呼吸器はずっと口から入れたままにはできないので、
喉を切開して、そこから管を入れることになる。
手の打ちようがない今、
これ以上身体を傷付ける必要があるだろうか…?

口に入っている管を抜く前に、麻酔をやめて、
人工呼吸器の機械から、普通の酸素に切り替えて、
様子をみることにしたのが昨日12月11日(木)の午後のこと。

今日になっても容態は変わらないので、
人工呼吸器の管を抜くことにしました。

もちろん、人工呼吸器を外すことによって、
そのまま命を落とすことになるかもしれない。
貧血も進んでいるので、刺激を与えて悪化する恐れもある。

それでも、管を抜く決断をしました。

きっと父は、何もしない、自然なままが一番いい。
父の生命力にかけました。


さっき、無事に管が抜けて、呼吸も落ち着いています。
危険な状態は何ら変わりはないけれど、
お父さん、がんばりました!

これから個室に移してもらう予定です。
今までの感謝の気持ちを込めて、
家族でゆったり過ごします。







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夜が明けました

12月8日(月)

昨日、「血圧が下がってきました。」
と言われ、ベッドサイドに付いていた私たち。
その後血圧が安定し、ホッと一息。

「今のところ落ち着いているので、休んで下さい。」
と言われ、何かあったらすぐ連絡をもらえるようにして、
夜、一旦家へ帰りました。
その後連絡はありません。

今日、病院へ行った母の話では、
血圧は安定しているようです。

やれることはやった。
それでもダメなら仕方ない…
そぉ思っていたけど、
何もしない、と言う道が残されていたのですね。
全ての治療を止めた今が一番楽なのかもしれません…

もっと早くこうしてれば…
と思うのは結果論で、
どんな道を選んでも、
結局は全く後悔しない
なんてことはないと思います。

父はちょっと(?)天然なトコロがあるので、
「よーし、これからがんばるゾ」
と思っているのかもしれません(^^)

行けるところまで行っちゃおう!




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