プロフィール

あき

Author:あき
現在、ホルモン療法中のトリポジ乳がんの私。
今度は父が膵癌に…。入院2ヶ月で、あっという間に他界してしまいました。
毎日を過ごしていけることに感謝して…

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
フリーエリア
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

供養

何かと気忙しい年末ですね。
今朝も朝から雪がボサボサ降っています。

昨日12月29日は、父の二七日(ふたなのか)でした。



故人が死亡してから数えて7日ごとに、
初七日、二七日、三七日・・・
七七日(四十九日)までの忌日があり、
その日ごとに知人、遺族、親族、などが集まって
焼香をあげたり、僧侶にお経を読んでもらったりする
供養の行事です。

仏教では、死者の霊は死後七日ごとに冥土の裁判を受け、
四十九日に最後の審判が下され、故人の死後の行き場所が
決まる重要な日と言われています。
したがって7日ごとの法要は、
死者がよい裁きを受けられるようにと
祈るための供養なのです。




そんな意味があったのですね…(今さら?!)
飽き飽きしちゃう子ども達に、
じぃちゃんの為に一生懸命祈るよう、
教えてあげようっと。


集まってくださった方達に、お出ししたお茶菓子。

「スイートポテトもどき」

20141229214236703.jpg


「パイナップルケーキ」

2014122921435637f.jpg

久しぶりに作ったからか、
チョット(?)見た目失敗したけど、味に問題なし。
来てくださったご近所のおばあちゃん達にも好評で
良かった良かった。

この次の三七日は1月5日。
仕事始めの日だけど、新年早々午後からお休み。
この辺の地区は、三七日に集まってくださった方達に
夕御飯をご馳走する風習?習わし?
みたいなものがあるそうです。
チョット面倒くさい…
人付き合いは大切ですからね。
こんな田舎ではなおさら…

父の為、母の為、
自分にできることを、できる範囲でがんばりまっす。


皆様、今年一年、大変お世話になりました。
来る年が皆様にとって幸多い一年となりますよう、
お祈りいたします。

1日早いけど、良い年をお迎えください。





ブログ村 乳がん
スポンサーサイト

X'masが今年もやってくる

昨日のクリスマスイブ、
るろ剣~京都大火編~のDVDを見ていました。
なぜイブに?

DVDを見終えた、昨日の夜11時過ぎ、
電気、電話などの口座引き落とし先変更の書類を
おもむろに書き始めた私。
なにも、今やらなくても…
と、途中で気付き(笑)
クリスマスプレゼントのラッピングにとりかかりました(遅っ)

夜中にこっそり子ども達の枕元へ…
これで準備万端(o^∀^o)

今朝、キラキラの包装紙と赤いリボンは無惨な姿に…
この子達には、ラッピングの必要Nothing┐('~`;)┌



20141225185925b2e.jpg

今日、職場の上司が買って来てくれました\(^○^)/
お昼に事務所でプチX'masパーティー。
チキンもいただいて、
我が家よりもはるかにゴージャスな食卓となりました(笑)
平和な職場で和みます。

明日は仕事納め。
12月の出勤簿をチェックしていたら、
今月、私がまともに1日中仕事をした日が
なんと、6日間!!
少なっ( ; ゜Д゜)
いくら毎日病院に通ったからと言って、
少なすぎでしょ。

理解ある上司に恵まれ、助けられています。
とは言え、正社員ではない私は、
忌引きもなければ、お給料も日給制。
10日間の有休なんて、通院と学校の用事で
あっという間になくなりました。
現実は厳しいなぁ~(泣)

なんて、そんな風に思うことも、
生きているからこそできること。

何があっても時は止まらず、
今年もクリスマスの日がやってきました。

辛いことも笑い飛ばしていこう(*^▽^*)






ブログ村 すい臓がん

ブログ村 乳がん

おじいちゃんがいない

気が付けば明日はクリスマスイブなのですね。
「今年は喪中だから、クリスマスにサンタさんは来ないかもよ。」
なんて言ってみても、次男のハルには通じません(笑)

来るとイイねぇ~。サンタクロース。


子ども達が見つけてきたイルミネーションツリー。

20141223190439b5d.jpg
20141223190413454.jpg

卓上型の小さめのツリーで、色が変わっていきます。
「これ、じぃのところに飾ったら?」
?(・・;)?
祭壇のバブル灯のように…ってコトらしいです。
子どもなりに、じぃちゃんの事を想ってくれているのですね(^^)

ついこの間まで、次男ハルvs爺の
TVチャンネル争いが繰り広げられていたと思っていたのに…
もう、あの賑やかな光景を見ることはできません。
虫ギライのお兄ちゃんナツは、家の中で虫に遭遇すると、
いつもじぃちゃんに虫を外へ追い出してもらっていたけど、
もう、じぃちゃんを頼る事ができません。
仕事や学校が終わって家へ帰ると、
いつもじぃちゃんが、私たちの帰りを待っていてくれました。
でも、じぃちゃんが入院してからは、
電気がつかない暗い家、暖房がつかない寒い部屋。
いつも明るく暖かかった部屋は、
当たり前のことではなかった…

「じぃ、本当に死んじゃったの?」
ハルが言いました。

去年、旦那のお父さんが他界しました。
そして今、また、じぃちゃんがいなくなってしまったことを、
ナツとハルは、ジワジワと実感していくのかもしれません…

もう、「じぃ」と呼べる人がいない…
淋しいね。




さて、明日からお仕事です。
(年内は、あと3日の勤務ですが…)

毎日、時間に追われて、
生活していくことでいっぱいになっちゃうけど、
生きてることに感謝して、
日々大切に生きていきたい。
改めてそぉ思いました。






ブログ村 すい臓がん

ブログ村 乳がん



ありがとう

12月19日(金)
父の告別式が行われました。


ものすごーい大雪に見舞われた17~18日。
高速道路が通行止めになったり、
ノロノロ運転で渋滞したり、
遠方から来てくださった方々は
本当に大変だったことと思います。

それでも、告別式当日は雪も落ち着いて、
無事、父を見送ることができました。


すい臓がんだと分かった時には、
すでに肝臓にも転移していて、
余命半年を宣告されました。
でも、残された時間は、まだあると思ってた。
入院して、ちょうど2ヶ月。
結局、何もしてあげれなかった…

病院へ行ったら、今でもICUにいるんじゃないか?
それともHCU?
個室に移動したんだっけ?
と、病院のどこかに父がいるような気がしてなりません。


父が亡くなったのは12月16日。
2年前の12月16日に私は、
右胸にしこりがあることに気づきました。
私のしこり発見日と父の命日が同じ日。
「大丈夫、しこりはもうないよ。
全部持っていくから安心して。」
と、父が言ってくれてるような気がします。

心にポッカリ穴が開いたようです…

誰もが避けては通れないこと…
それはわかっているつもりだけど…

寂しくて、悲しくて、悔しくて、辛いけど、
母のことを思うと、私がメソメソしている場合じゃないナ。
まだまだやらなきゃいけないことはあるしね。

いつかこの気持ちも癒える時が来るのでしょうね…



お父さん、私たちの事を見守っていてください。

お父さん、ありがとう。








ブログ村 すい臓がん

ブログ村 乳がん

ご報告

2014年12月16日(火)
父が永眠しました。


朝になったら、夢だった。
なんてことはある訳もなく、
これが現実…

覚悟をしていたつもりだったけど、
結構、キツいものですね…

しっかりしなきゃ。
父が安心して逝かれるように…
母を支えていけるように…



願い

人工呼吸器を外してから、3日が過ぎました。
呼吸は穏やかそぉです。
麻酔もだんだん薄れてきたのかどぉか、
目を開けている時間が長くなりました。
声のする方に目が向きます。
首も動かせるようになりました。
自分の意志があるのか?…と、言うと
よくわかりません。

声をかけても、返事が返ってくることはありません。
それでも、私たち家族から見たら、
話せるようになるんじゃないか?
このまま良くなって行くんじゃないか?
と、期待してしまいます…


人工呼吸器を外した後、
家族だけで、静かな所で、最期を迎えたい。
父に感謝の気持ちを込めて、最期くらい…と、
個室に移ったものの、
容態は変わりません。
もちろん、良いことなのですが、
このままでは差額ベッド代だけで破産してしまう( ; ゜Д゜)
ごめんね、お父さん。
一般病棟に移ります。

庶民にはお金の問題は切実なのです…

この2ヶ月の入院生活で、
一般病棟→ICU→HCU→個室→一般病棟
と、めまぐるしく病室を移動してきました。

何度ももうダメかも…と思って覚悟を決め、
父が安心して帰ってこれるようにと
大急ぎで家の中を片付けました。

元々私たち家族は、アパートで四人暮らしをしていたのですが、
私が病気になってからずっと、私の実家にお世話になっています。
いつの間にか増えた私たち家族の荷物がたくさんあって、
とりあえず、あれもこれも段ボールやら収納ケースに詰め込みました。
部屋がキレイになったのは良かったけど、
アレ?どこにやったっけ?と、
どこに何があるのか分からなくなっちゃった( ̄▽ ̄;)

父の意識が戻ったら、今のこの状況を見て、
「バカだなぁ」と笑ってくれると思います。

またみんなで笑える日がきますように…







ブログ村 すい臓がん

ブログ村 乳がん


生命力

不安定な危険な状態を維持しながら、
父は今現在もがんばっています。


12月10日(水)
父は、ICUからHCUへ移動になりました。
ICUへ入ってくる患者さんが増えた事と
ICUよりHCUの方が面会の制限が厳しくないから、
と言う理由らしいのですが、
そんなものなのでしょうか?

父は、治療を止めた今が一番穏やかに見えます。
薬のせいでほとんど眠っている状態で、
意識がある時間があるのかな?
会いに行ったときはいつも眠っています。
反応がない父に話しかける母。
どんな気持ちでいるのだろう…
そこに姿があるだけで十分なのでしょうか?

ICUにいた時は自分の物は持ち込み禁止だったので、
普通病棟からICUに移る時に、入院道具は全て持ち帰りました。
でもHCUは、タオルは自分の物を使うので、
どのバスタオルがいいかなぁ?
これは大きいけど薄いし…
こっちにしようかな。
なんてタオル1枚選ぶのにアレコレ思案している母です。
そんな姿が微笑ましくもあり、切なくもあります…


12月12日(金)
人工呼吸器の管を抜くことになりました。

元々人工呼吸器をつけることになったのは、
輸血によるアレルギー反応が出たからで、
本人の呼吸が機能しなくなった訳ではない。
と言うことと、
人工呼吸器はずっと口から入れたままにはできないので、
喉を切開して、そこから管を入れることになる。
手の打ちようがない今、
これ以上身体を傷付ける必要があるだろうか…?

口に入っている管を抜く前に、麻酔をやめて、
人工呼吸器の機械から、普通の酸素に切り替えて、
様子をみることにしたのが昨日12月11日(木)の午後のこと。

今日になっても容態は変わらないので、
人工呼吸器の管を抜くことにしました。

もちろん、人工呼吸器を外すことによって、
そのまま命を落とすことになるかもしれない。
貧血も進んでいるので、刺激を与えて悪化する恐れもある。

それでも、管を抜く決断をしました。

きっと父は、何もしない、自然なままが一番いい。
父の生命力にかけました。


さっき、無事に管が抜けて、呼吸も落ち着いています。
危険な状態は何ら変わりはないけれど、
お父さん、がんばりました!

これから個室に移してもらう予定です。
今までの感謝の気持ちを込めて、
家族でゆったり過ごします。







ブログ村 すい臓がん

ブログ村 乳がん



夜が明けました

12月8日(月)

昨日、「血圧が下がってきました。」
と言われ、ベッドサイドに付いていた私たち。
その後血圧が安定し、ホッと一息。

「今のところ落ち着いているので、休んで下さい。」
と言われ、何かあったらすぐ連絡をもらえるようにして、
夜、一旦家へ帰りました。
その後連絡はありません。

今日、病院へ行った母の話では、
血圧は安定しているようです。

やれることはやった。
それでもダメなら仕方ない…
そぉ思っていたけど、
何もしない、と言う道が残されていたのですね。
全ての治療を止めた今が一番楽なのかもしれません…

もっと早くこうしてれば…
と思うのは結果論で、
どんな道を選んでも、
結局は全く後悔しない
なんてことはないと思います。

父はちょっと(?)天然なトコロがあるので、
「よーし、これからがんばるゾ」
と思っているのかもしれません(^^)

行けるところまで行っちゃおう!




ブログ村 すい臓がん

ブログ村 乳がん

続きを読む

延命とは?

12月4日(木)
お嫁に行った妹が来ました。
熱は下がって、呼吸も少しは落ち着いてきたようです。
妹を見て、顔がパァーっと明るくなったように見えました。
「わかる?」と聞くと「わかるわ」と聞き取れる返事が返ってきました。
「水が飲みたい」と言いましたが、その願いは叶わず、
濡れたタオルで口を拭いてもらいました。
それでも満足そうな顔に見えました。



12月5日(金)
午後から授業参観のため休みをとっていたので、
懇談会には出ないで、病院へ来ました。
また何て言っているのかわからなくなっちゃった。
少し元気がないなぁ…と思いました。

その日の夜、病院から呼び出しの電話がありました。
出血があり、輸血が必要。
でも、これまでの輸血の経過から
輸血をすると発熱、悪寒、呼吸困難などの
アレルギー反応が出ると診断されました。
今までの高熱は輸血が原因だったのです。
輸血もその都度違う血液を使う訳で、
適合検査はするものの、
アレルギー反応が大きく出るか出ないかは、
やってみないとわからない。
今、輸血をしないと終わってしまう。
輸血をしても、高熱が出て、
呼吸困難になってしまうリスクがある。
輸血をして、アレルギー反応が出た場合、
人工呼吸器を入れれば、呼吸は保たれる。

輸血をするかどぉか?
人工呼吸器を入れるかどぉか?


もう楽にさせてあげたい…
でも、生きてほしい。


リスクを承知で輸血開始。
アレルギー反応が出て人工呼吸に…

「これで呼吸は楽になったと思います。」
と先生は言いました。
少しでも楽になったのかな?

夜中の2時過ぎ。
プシュープシューと言う機械音が響く中、
麻酔が効いている父は
静かに眠っているように見えました。



12月6日(土)
消化器科の担当の先生からお話がありました。
出血が止まらない。止める方法もない。
腫瘍(すい臓と十二指腸の境目の辺)からの出血に間違いないと思うが、
もう一度内視鏡検査をして出血箇所をハッキリさせた方が良いか?
と言われたが、検査はもうたくさん。
治療できないのに、検査したって
余計苦しめるだけだよ…

この時点で、夜中の輸血が効いたのか
ヘモグロビンの値が4から9まで回復してました。
普通の人は、13以上の値だそうで、
6以下になると危険と言われていました。
なので、今のところ輸血はしないので、
このまま様子を見ることに。

晩御飯の支度をしていたら
再び病院から電話が。
出血かひどくなってきた。
スピード、量ともにパワーアップ。
輸血をしても追いつかない。
これ以上の輸血は、意味がない…

昨日、リスクを侵して挑んだ輸血が、
今日は意味がない?

残された道はもうないんだ…

輸血はもうしない。
肝臓に入っていた管も取りました。
人工透析も外しました。

どの道が良かったのかはわからない。
でも、家族で悩んで考えて、
時にはケンカにさえなって出した答えに
正解も間違いもなかったと思います。


父の力が尽きるまで、
母が付き添っていられるようにしてもらいました。


12月7日(日)
夜が明けました。
残された時間があとどれくらいなのか
誰にもわかりません。

日曜日と言うこともあって、
私たち家族も病院の待合室で過ごしています。
私なんて、ブログ更新する余裕があるもんね(^^)


お父さん、みんながついているからね。








ブログ村 すい臓がん

ブログ村 乳がん

父の泪

途中までブログを書いては先へ進めず、
刻一刻と変わっていく父の状況に
私の気持ちが追い付いていかない…


11月30日(日)
父は、ICU(集中治療室)へ行きました。

肝臓に溜まっているウミを抜く処置をしたものの、
状態は変わらず、管を挿入した所が痛いらしく、
苦しんでいました。
肝臓の治療が終われば、ひとまず退院できると思って
頑張って治療を受けてきた父。
退院の日にちも決まっていたのに…

熱の原因がわからない。
炎症の反応が出ているけど、
それがどこだかわからない。
わからないじゃすまねーよ。
なんとかしてよ。医者でしょ!
なんて、ドラマじゃないから言わない。

ガン事態が広がって、もうどぉしようもない状態ではない。
まだそこまでは来ていない。
抗がん剤もチョットしかできなかったから、
その影響でもなさそう。

じゃあ、ラジオ波が悪かったの?
肝臓の転移はほっとけば良かった?

更に検査の結果、腎臓が機能しなくなってきて、
このままではもたない、と言われました。
人工透析をするしかない。と…

もう、臓器と言う臓器がみんな悲鳴をあげている…

辛く苦しい思いはしてほしくない。
でも、生きてほしい。

父は今、機械に繋がれて24時間回しっぱなしで
人工透析をしています。
呼び掛ければ反応するし、意識はあるのだろうけど、
酸素マスクを付けているからか、
「あ゛ー」と言う、声にならない声しかでません。
何を言っているのかわかりません。


12月1日(月)
私の通院日に合わせて、
父の兄弟(私から見て伯父さん、叔母さん)が
父に会いに来てくれました。
辛そうながらも熱はさがったようで、
母からの声かけに、声にならない声で応えていました。


12月2日(火)
病院に行くと、この日は輸血をしていました。
先生の話では、呼吸も弱くなってきたらしく、
呼吸が楽になるように、鼻から管を入れました。
意識もハッキリしなくなってきている。
心臓も不整脈…との事…
浮腫で手がパンパン…


12月3日(水)
私の旦那の家族が来てくれました。
一緒に面会へ行ったら、
「処置中ですので、少しお待ちください」
と言われ、しばらく待ちました。
30分くらいかなぁ?長く感じました。
なんの処置?
また高熱が出て、震えがきたそうです。
苦しいにきまってる…

父の目には涙がありました。
何を伝えたいのだろう?
もうやめてくれ!と訴えているのでしょうか?
先生は意識がハッキリしなくなってきたって言ったけど、
父はわかっていると思います。

私たち家族にできることは何なのだろう…?
母はずっと父のそばにいたいのだと思います。
ICUでは限られた時間しか一緒にいれないもの…


命には終わりがある。
避けては通れないこと。
それはわかっているつもりですが、
苦しんでいる姿は見たくない…
がんばってもがんばっても辛くなるばかり…
もうがんばっては言えないよ…

病院に行くのが怖い。

でも、父は闘っている。
私がこんなんでどぉする。
今日もこれから会いに行くからね。








ブログ村 すい臓がん

ブログ村 乳がん



上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。